平気で嘘をつく多重人格は演技!?広い意味で人は皆、多重人格です。

多重人格が出来てしまうのには過去のトラウマが大きな原因になっていると考えられています。耐えらない苦しみや怒りに出会った時に人は人格の一部を切り離し、苦しみや怒りを引き受ける別の人格を作るということです。

 

僕も、一部は、その通りだといいたい気持ちもあります。(そうしておくことも必要)

 

しかし、トラウマだけが原因ではなく、「逃げの姿勢」からも多重人格は出来あがっていく場合もある、と考えています。つまり、アドラー心理学などで言われる「目的」の視点から見れば「何らかの目的のために、自分で多重人格を作り出している」という場合もあると、僕は考えています。

 

・甘い汁を吸うための手口として多重人格の演技をする者
・本当に悲惨な経験から多重人格になっている者

 

それぞれ目的は違うものですが、この記事では「甘い汁を吸うための手口として多重人格の演技をする者」について書きます。(本当に悲惨な経験から多重人格になっている者のことではないので予めご了承ください。)

 

ごめん。自分では記憶がないんだけどやったかもしれない

 

ごめん。自分では意識してないけど…自分のどっかにそういう心があったのかもしれない。

 

平気で嘘をつくようになった人はこのように誤魔化すことがありますが、
このような言葉を軽く見てはいけません。

 

これこそが、多重人格の別の人格を作る原因にもなります。
(必ずそうといっているわけではない)

 

ごめん。自分では記憶がないんだけどやったかもしれない

 

↑本当に記憶が無い場合もあれば、記憶が無いフリをしている場合もある


 

ごめん。自分では意識してないけど…自分のどっかにそういう心があったのかもしれない。

 

↑例えば、自分で自分のことを「…かも」と曖昧にしていき、それを繰り返していくと分裂して別の人格を作ることにも繋がることがあります。


 

専門家のなかには,多重人格は存在しないとする説もあり,議論が分かれる点もある。

 

引用元:多重人格(たじゅうじんかく)とは - コトバンク

多重人格ではなく、「何かを隠蔽するために、多重人格を演技する」という人もいるかと思います。
ここに関しては「非常に闇が深い」ので、あまり触れないでおきましょう。
(ここらへんのテーマは、一生決着がつかないでしょう)

 

今の僕は成長し、それらを暴き出そうとする気持ちもないですし、
それも彼らの1つの生き方であると、自分と区別をして認めていますので。

 

だけど、どんな理由や目的があるにしろ、それは「勇気がない」というところで終結します。
恐怖して、勇気がなくなり、誤魔化すための手口として闇を深めていった。

 

平気で嘘をつき、演技をして、そして陰で下をペロッと出してほくそ笑む。
僕は、そんな人間も知っています。

 

大事なことは、そんな彼らを非難することではありません。
そんな人たちも、自分なりの幸せな人生を歩めるようになるにはどうしたら良いのか?そこです。

 

つまり「勇気」を持って、過去を清算し、自分で自分を幸せにする勇気を持つにはどうしたら良いのか。
その真の答えの1つは、勇気の心理学であるアドラー心理学にあるでしょう。

 

アドラー心理学は分かった気になってはいけない。
自分の成長と共に、如何に奥が深い(愛があるか)がわかってくるものだと思います。

 

自分で自分を幸せにする勇気」には「生涯学習」が含まれています。

 

そして、この記事を読んでいる「闇が深い」者が、自分一人で、自分を救い出したい。深い闇から抜け出したい。と思うのなら「サヨナラ・モンスター」を試してみて下さい。サヨナラ・モンスターは、自分で自分を救うための教材です。

 

僕は、過去に「普通ではないレベルの心の闇(一般的な人に言えば、異常者扱いされるほどの驚くこと)」を聴いたこともあります。もちろん守秘義務は守ってますし、誰がどのようなことを言ったかなどは、一切口外しません。

 

一言で言えば、それだけの闇を聴いても、動じないということです。そして、その人がそれだけの闇を抱えるまでに至った苦しみが、他の人よりは少し、理解できます。

 

僕の願いは、「あなたもあなたも自分で自分を幸せにする勇気を持ってほしい」ということです。そして知ってほしいことは「その為には生涯学習、そして責任(自由)が必要なんだよ」ということです。

 

人は誰もが嘘をつきます。逃げます。失敗します。人に言えないことがあります。闇もあります。そこから、自分なりの幸せに近づいていければよいと思います。

 

最後の、もう一度繰り返します。

 

      
専門家のなかには,多重人格は存在しないとする説もあり,議論が分かれる点もある。

 

引用元:多重人格(たじゅうじんかく)とは         - コトバンク

僕は、多重人格が存在するか、しないかの議論よりも大事なことがあると思っています。それは「多重人格をわざわざ作り出さなくても良い生き方が出来るように成ること」です。それが、前記した以下のこと。

 

僕の願いは、「あなたもあなたも自分で自分を幸せにする勇気を持ってほしい」ということです。そして知ってほしいことは「その為には生涯学習、そして責任(自由)が必要なんだよ」ということです。

 

「人格」は自分で作り出すことが出来るのです。簡単に言えば、潜在意識レベルにあらゆる情報を纏めていけば良いのです。何を纏めるか、どう纏めるかで作られる人格を変えることが出来るのです。

 

多重人格の人の一部は、無意識のうちに、この技術を習得し、そして使っている…という場合もあります。これはとても貴重な内容です。「大きな纏まりを10個作ることに成功すれば、10の人格を作れる」のです。そして、広い意味で言えば、「人は皆、多重人格である」ということ。本当の自分を取り戻すまでは…、。

 

サヨナラ・モンスターに込めている思いは「自分の力で、本当の自分を取り戻して!」ってことです。

 

そして、多重人格の人の周りにいる人たちは自分で自分を育てていき、「多重人格の人が人格をたくさん作り出さなくても良い、安心できる環境をつくる」などの手助けをしていくと良いのです。

 

多重人格の人が多数の人格を作る必要のない心休まり、心温まる環境。それが必要なのです。それは誰にでもできることです。どんな小さなことでも良いのです。環境を良くする。その環境に居る人にとって、全体的に良い環境にしていく。それが大事なのです。

 

多重人格の人が、たくさんの人格を作る必要のない世の中。それは虐待(心理的も含め)の無い世の中です。それを言い換えれば、勇気と責任をもって、自由を個々が手に入れる世の中。

 

そのために、弱っている人が自分の足で立ち上がり、学習し、自由のための責任(自分を幸せにするための1つ1つの反応)を持ち、本当の自分の人生を歩き出せるような、「勇気づけ」が必要なのです。

 

そして、「勇気」と「恐怖」は共存しています。

 

恐怖と勇気がどんなに近くに共存しているかは、敵に向かって突進する者が一番よく知っている。

 

ドイツの詩人、クリスチャン・モルゲンシュテルンの名言

だから、「恐怖克服、サヨナラ・モンスター」なのです。

 

勇気ある者たちからはじめている

 

毒親は誰かから攻撃されると子供を攻撃します。
毒親は誰かから優しくされると子供に優しくなる。
(必ずではないが、そうなりやすい。何故なら彼らは流されやすいから)

 

勇気ある人たちから、毒親に優しく、毒親の心を温めてあげましょう。
これが間接的に虐待を減らす方法です。
(もちろん、罰することも必要です。見逃せと言っているのではない)

 

本当に虐待を減らしたいという思いがあるのなら、
やるべきことは毒親叩きではない。
優しと温かさと、勇気の連鎖です。


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